「第8回アジア武術選手権大会」大会参加レポート(監督,コーチ,選手)
【掲載:2012年10月17日】
今年8月にベトナム・ホーチミン市で開催された第8回アジア武術選手権大会。日本からは代表選手男女計12人が出場し,金メダル1個,銀メダル3個,銅メダル2個という好成績を獲得した。
今大会を振り返り,さらなる発展・向上のために,日本代表チームの孫建明監督はじめ出場した12人の選手全員が「大会参加レポート」を寄せてくれた。
そのうち孫建明監督・前東篤子コーチのレポートと女子太極拳金メダリスト宮岡愛選手(女子太極剣2位)と男子長拳銀メダルと男子刀術で銅メダルを獲得した市来崎大祐選手のレポートを掲載する(いずれも全文ではなく抜粋・要約)。
レポートを寄せてくれた日本代表選手は市来崎・宮岡両選手のほか関屋賢大,吉田慎之佑,中田光紀,岸啓介,下起悦郎,佐藤直子,大塚美鈴,小島恵梨香,阪みさき,山口啓子の各選手。
第8回アジア武術選手権大会総括として
日本連盟選手強化委員会ヘッドコーチ 孫建明監督
日本連盟選手強化委員会副委員長 前東篤子コーチ
大会の準備について
日本チームは今回特に,大会に向けた準備がしっかりとできた。6月の全日本選手権大会で代表が選抜された後,8月12~19日の1週間,北京で合宿を行って調整訓練をし,心身共に整える事ができた。特に国際大会の経験が少ない選手が調整できるように準備を進めた。これまで日本人選手は大会で競技をするまでの準備時間が長いため,2時間前から会場入りが必要だったが,この点を改善して1時間以内で準備が整うように訓練を行った。この点は進歩した。
大会での失敗について~改善に向けた考え方
大会競技が始まったときには日本チームのミスは少なかったが,競技日程が進むにつれて,だんだんミスが目立つようになった。普段の練習のあり方から見直す必要があることを挙げて,コーチたちの認識として改善につなげたい。
日本チームの選手たちは練習回数がそれぞれ違い,指導や管理が行き届かないというアマチュアに共通する問題を抱えている。北京で合宿を行うとプロと同じような状態にできるが,大会日程が後半になって来ると,基礎が弱いための弱点が出てきてしまう。
その反面,宮岡愛選手,市来崎大祐選手は国際大会で一定以上の評価があり,二人の存在によってチーム全体としても日本が評価されている。アマチュアでも練習によってはレベルを高くできることを証明している。
日本連盟の中では,ジュニアから育て,トップ選手は北京での強化訓練まで受けることができる態勢が整っている。プロにはなれないが,宮岡選手,市来崎選手のような世界に通用する選手が日本にいること,努力をすれば自分にも同様の可能性があることを認識してもらいたい。
加えて日本チームの強化訓練は,大変優れた環境が整っていることも再認識すべきだ。冷暖房の設備が整い,新コートが設置された上,十分に広く快適で安全な施設で練習ができる。外国には,プロチームでさえこのような設備がない事を理解し,恵まれた環境を活かして能力を磨いてもらいたい。
来年は3回の国際大会が予定されている。引退するまでの計画を立ててアマチュアでもプロに近付いていくことが可能であると,生活面からも考えて挑戦してもらいたい。基礎を固めて,9.6以上の点が取れる選手になれるよう,新しい自分を目標にすること。この点をヘッドコーチとして選手の皆さんに要求し,今後に向けて新しい挑戦に臨みたい。
アジア勢との比較
アジア全体のレベルは急速にアップしている。インドやこれまでメダルを取れなかった国に著しい傾向である。東アジアでは中国はもちろん最大の強豪国であり,香港やマカオもプロの中国人選手を抱えており,種目によっては日本のメダル獲得は難しくなっている。アマチュアではベトナムが非常に伸びている。スピード,パワーがあって,若い選手でも細かいところまで訓練されてミスが少ない。マレーシア,ミャンマーも地元の人をうまく育てている。
プロ体制でのトップレベルは20歳前後。日本では20歳を過ぎてから代表になり経験を積み始める。選手を長く続けることができるが,年齢に反比例してパワーは失われる。難度にはパワーが重要であり,若い方が有利な面もあることは現実である。
アマチュアは時間をかけて基礎を固め,基本に忠実に規格をしっかり身に付けていくことだと確信する。
管理について
今回は日本チームとして役割分担が非常にうまく機能した。監督,コーチは毎日ミーティングをし,細かいところまで協力して混乱なく日程を乗り切った。選手も各自の試合日程とチームメイトの応援を効率よく計画して,しっかり互いを支えあうことができた。現地は蒸し暑くあまりよい天候ではなかったが,体調を大きく崩す選手もなく試合に臨めた。
来年に向けて
日本チームの課題にもう一つの弱点を挙げたい。選手たちはいつも試合の後1カ月だけ頑張る,そのうち試合後の気持ちを忘れる,大会が近付くとまた頑張る,という傾向が続いている。今後は同じ事を繰り返さないことが必要。
来年に向けた1年は,どう過ごすかをよく反省して考えないといけない。まずノーミス,これを克服する必要があることを認識するべき。練習の時にミスがなくても大会でミスがあれば意味がない。毎日確実に練習を重ねること,難度の確率を上げること。普段の練習の積み重ねが重要とコーチたちはよく認識した。東西の強化コーチで定期的にコミュニケーションを取って,代表選手の管理態勢を作っていきたい。
日本でコーチ,太極拳をされている皆さんに向けて
アマチュアでも世界の一流選手になれることを知ってもらい,自信を持って選手を育てていただきたい。基本,規格をしっかり作ってもらいたいと考える。
日本チームはこれまで,時間,場所が限られた中で非常に有効な練習ができて来た。日本の選手を中国へ連れて行き一流の訓練をしてもらい,また一流のコーチと選手に中国から来てもらって一緒に訓練を行って来たことが,今の日本チームに大きな役割を果たしてきた。中国の一流コーチ,選手の指導や影響を受けて,最新の技術を日本代表選手は身に付けたり目標にしたりすることができる。指導の方法や様々な変化を日本のコーチたちに伝えることもできる。このように選手を育てる態勢が整っていることをはっきり認識すれば,アマチュアでもプロに近付くことができることがわかる。しかしアマチュアを理由に自分に甘えていたら何も成すことができない。
今回の反省を機会に,我々は新たに出発点を見つけた。選手もコーチもこれから迷わずまっすぐに,日本連盟の下で一緒に頑張っていきたい。
今回のアジア武術選手権を振返り 宮岡 愛選手
今回の試合に向け,7月に福建省武術隊での合宿,また北京での事前合宿を行い,大変充実した練習を行うことができ,心身共にベストな状態で試合に挑む事が出来ました。このような環境を与えて下さった日本連盟に大変感謝しております。
自選難度競技を始めて8年。その中で培ってきた試合経験と,毎日欠かさず行った練習やトレーニング全てが一つに繋がり獲得できた金メダルです。
今回は日頃から私を支えてくれている先生,コーチをはじめとし,友人,家族へ『恩返しをしたい』『喜んでもらいたい』という強い気持ちで臨み,結果が残せた事に満足していると共に深く感謝致します。
このような結果を残す事ができたのも日々私に指導をしてくださる先生,コーチのおかげです。今後ともご指導の程宜しくお願いいたします。
今後の課題として,足腰の強化トレーニング,跳躍力向上トレーニング,体幹トレーニング,基礎体力の向上,身体のメンテナンス,技術向上,難度動作の成功率を上げることなどがあります。
以上の目の前にある一つひとつの課題をオフシーズンに見直し(強化),来年度の春夏の全日本,数々の国際大会のメダルを獲得できるよう日々の練習に精進していきます。また,大きな進化はできないかもしれませんが,限界を決めず少しでも自分のレベルを上げられるよう努力してまいります。
今回は試合前に難度動作への不安が多少ありましたが,今まで行ってきた日々の練習のおかげで,本番では練習してきた事を素直に出す事ができました。金メダルという結果は,日々の練習をただ行うだけではなく,自分の中で悔いなく練習した事が自信に繋がり,出た結果だと思います。
また今回の金メダルを獲得できた事が私にとってとても大きな自信となり,来年度の大会に良い流れで繋がりました。今回の大会で得た大きな経験を今後も活かし,来年度に向けて始動してまいります。
(今大会成績 太極拳1位 太極剣2位)
第8回アジア選手権大会を終えて 市来崎大祐選手
今回の大会に向け,日本選手団は8月12日より北京・什刹海体育学校にて直前合宿を行いました。それより,さらに一週間早く私は,直前合宿に参加させていただきました。
日本では,毎日仕事をして夜には訓練に向かうという生活ですが,今回は大会2週間前から合宿に参加でき,武術のみに没頭できました。
大会が開幕を迎え,男子長拳は,第一日目午後,前日の夜中に現地入りしての出番となってしまったので,体調が心配されましたが,心身ともにとても良い状態でした。1種目目ということで多少動きに硬さがあったと感じますが,自分の演技を心がけ,課題としていた動作と全体のリズムの表現も意識でき,中国に次ぐ銀メダルを獲得できました。
翌日の午前,第2種目目の男子刀術も,前日の長拳の良いイメージのまま迎えることができ,攻めの演技,動きの流れもうまく表現でき,銅メダルを獲得できました。
続いて第3日目に男子棍術に出場しましたが,最初の難度動作の着地で動いてしまい,順位を大きく下げてしまいました。原因は,跳躍の際の脚力が弱く,体が流れてしまったことと考えられます。連日の出場で少し疲労もあったと思いますが,悔やまれるミスで真上に跳ぶ意識の不足がありましたので,そういった時の落ち着いた精神状態やコンディショニングケア等も今後より一層意識しないといけないと実感いたしました。
最近になり,「自分の武術」がどういうものかをわかってきた気がします。遅いかもしれませんが,自らの特徴や表現法,心の在り方など,心身共に充実してきていることを感じています。よく「日本の選手は遅咲き」だと言われますが,本当にそうかもしれません。自分のイメージにある武術を体で表現できるように,今後も努めていきたいです。
今回,女子太極拳で宮岡愛選手が金メダルを獲得しました。アマチュアでありながら,プロ選手を抑えての優勝に,私も誇らしい気持ちになりました。それと,同時に,「アマチュアでもやれば出来る」ということを思い知らされました。
今回メダルには届きませんでしたが,新しく代表に選ばれた選手の活躍も目立ち,私自身もよい刺激を受けました。
以前に比べ,私たちの訓練環境は年々良くなってきています。これも,先生方,日本武術太極拳愛好者のみなさんのおかげだと思っています。私たちはそれに応えないといけない。その義務があります。来年には,世界武術選手権大会が開催されます。自分がこの一年どこまでできるのか,大会が終わって安心するのではなく,自己目標,自己課題を明確にし,次に向けて今からしっかり訓練スケジュールを立てていきたいと思います。
今後とも,ご指導ご鞭撻のほど,よろしくお願いします。
(今大会成績 長拳2位 刀術3位 棍術14位)