― 健康と太極拳 ― ナイスエイジングの勧め(帯津 良一)
著者プロフィール
帯津 良一
帯津三敬病院 名誉院長
略歴
1936年2月埼玉県生まれ(84歳)。
1961年東京大学医学部卒業(医学博士)。
1982年帯津三敬病院を設立。ホリスティックなアプローチによるがん治療を実践。
■日本ホリスティック医学協会名誉会長ほか役職多数
■『生きるも死ぬもこれで十分』(法研)ほか著書多数
ホリスティック医学の立場から認知症の予防についてあれこれ考えているなかで、認知症は病気というよりも老化現象ではないかと気付いたのである。老化現象とすれば、これは大自然の摂理。いつかは平伏してこれを迎えなければならないのである。アンチエイジングといったって空しいだけである。老化と死をそれとして認め、受け容れた上で、自分の流儀で攻めの養生を果たしていけばよいのである。このことをナイスエイジングと呼ぶことにしたのである。因みに攻めの養生とは日々生命のエネルギーを勝ち取っていき、死ぬ日を最高に、その勢いを駆って死後の世界に突入するという、壮大にして胸躍る養生法なのである。
これまで、攻めの養生のエースとして太極拳を位置付けてきたが、いまやナイスエイジングのエースとして躍り出たのでる。そのあたりを推考してみたい。
まず太極拳は気功の三要つまり調身、調息、調心のすべてを持ち合わせている。
〇 調身の基本は上虚下実
〇 調息の基本は呼主吸従
〇 調心の基本は不動智
調身と調心によって内部エネルギーを高め、調息によってエントロピーを捨てることによって体内の秩序性を高めるのである。
これに武術としての特性が加わる。これが大きい。まず、下半身の筋力と敏捷さは武術の基本である。どちらが欠けても武術としては失格だ。分清虚実すなわち減り張りのある体重の移動は筋力の維持に最適であるし、攻防の手足のコンビネーションは運動調節の中枢である小脳の機能向上に大いに役立っている。下半身の筋力低下による行動の制限と小脳の機能低下は認知機能にとっても致命的である。
また、いくら太極拳に励んでも筋力の原材料が乏しくてはどうにもならない。筋力維持には良質の蛋白質の摂取が必要である。と同時に年令とともに起こってくる骨の脆弱化も最小限に食い止めなければならない。そのためにはなんといっても良質のカルシウムだ。私の場合、前者には牛肉をもって、後者には朝の昆布茶と晩酌の友の湯豆腐の昆布出しをもってこれに当てている。蛇足ながら一言。
次は套路(とうろ)。あの止まることを知らぬ連綿たる動きである。太極拳に特有のもので、まさに武術の極意である。『太極拳全書』(人民体育出版社 1988)に、
如長江大河 滔滔不絶 一気呵成とあるように、このダイナミズムは心のときめきを醸し出す。心のときめきこそ免疫力や自然治癒力を高める最大の要因であることは半世紀を超える、がん治療の現場で会得した真理である。実際、早朝まだ暗いうちに院内の道場で一人、誰の目も気にせず、自由自在に太極拳を舞っていると無性にうれしくなってくるものである。
また、手首と足首がフル回転大いに力を発揮することになる。この手首と足首には経穴の中でも最も重要な経穴である“原穴”が配置されている。原とは、十二経の根本となる臍下腎間の動気を指したもので、原穴とはこの原気を高める経穴のことで、原気が不足しているときは、この原穴を用いて生命力(生命エネルギープラス自然治癒力)の増大を図るのである。
原穴は手首足首ともに6穴ずつ配置されている。すなわち、手首には
合谷(大腸経) 陽池(三焦経)
腕骨(小腸経) 太淵(肺 経)
大陵(心包経) 神門(心 経)
足首には
衝陽(胃 経) 丘墟(胆 経)
京骨(膀胱経) 太衝(肝 経)
太白(脾 経) 太?(腎 経)
である。
武術であるが故にこの手首足首にスナップを利かせる動きが多く、それによって否応無しに原穴が刺激を受けることになり、これによる生命力の向上には計り知れないものがある。
そして最も重要なことは武術である以上、これで良しとする境地はない。常に上を目指すのである。かの柳生石舟斎宗巌も宮本武蔵も死ぬまで上を目指していた。ということは死して後も上を目指すのである。こうして来世への展望が開ける。まさに生と死の統合。ホリスティック医学の究極である。
老化と死をそれとして認め、受け容れるなかで攻めの養生を果たしていくことがナイスエイジングと申し上げたが、攻めの養生の究極は生と死の統合。かくして、太極拳がナイスエイジングのエースとして躍り出たのである。これまでの39年におよぶ太極拳とのおつき合いの日々がいとおしくなってくる。