― 健康と太極拳 ― 太極拳はありがたきかな―コロナ騒動のなかで(帯津 良一)
著者プロフィール
帯津 良一
帯津三敬病院 名誉院長
略歴
1936年2月埼玉県生まれ(84歳)。
1961年東京大学医学部卒業(医学博士)。
1982年帯津三敬病院を設立。ホリスティックなアプローチによるがん治療を実践。
■日本ホリスティック医学協会名誉会長ほか役職多数
■『生きるも死ぬもこれで十分』(法研)ほか著書多数
一年を超えるコロナウィルス感染症の特色はなんといっても、人々の間に深く広くゆきわたった恐怖心でしょう。o157(腸管出血性大腸菌)感染症のときも、SARS(重症急性呼吸器症候群)のときも、これほどではありませんでした。
一つには、今度の場合、行政、専門家、そしてメディアまでもが一丸となって恐怖心を煽りつづけていることも原因になっていることと思いますが、一番は自粛、自粛と叫ぶだけで、その予防と治療に対して一切言及しないところにあるのではないでしょうか。
しかし、さすがに一年。日本でもコロナワクチンの接種が始まりそうです。沈静化の突破口となってくれることを大いに期待したいところです。しかし多少の不安はあるようです。それはコロナワクチンがこれまでのワクチンと少し違っているからなのです。
そもそも、ワクチンとはどういうものなのでしょうか。ワクチンは接種することで、感染症の原因となる病原体への免疫力を獲得あるいは増強させるものです。1796年、イギリス人医師、エドワード・ジェンナーによる種痘の成功がワクチンの始まりとされています。そのおかげで、あれほど猛威をふるった天然痘が地球上から姿を消してしまったのですから、大変な偉業です。その後、19世紀後半に、フランスの細菌学者のルイ・パスツールが病原体を弱毒化させてワクチンを作る方法を開発して、本格的にワクチンの時代が始まったのです。
ところが、コロナウイルスのワクチンは、こうした伝統的なワクチンとは少し違います。まずウイルスの遺伝子配列・構造を解明し、抗原を生み出すことのできる遺伝子(mRNA)を作ります。これを注射することで体内にワクチンを作ってしまうのです。
あるいは、人に対して弱毒性のウイルスに、抗原になる遺伝子を組み込んで、これを運び屋(ベクター・Vector)として、体内に投与します。前者のmRNAワクチンは、コロナウイルス対策で急速に開発が進み、ワクチンとして初めて承認されたのです。こうした新しいワクチンに不安を感じるのは当然といえば当然です。
しかし、私は現在のコロナウイルスに対する人々の過剰な恐怖心はワクチンでしか収まらないと思っています。ワクチンの本当の効果は、社会を停滞させる恐怖心を沈静化させることです。
そこでワクチン接種の一つの基準を提案したいと思います。コロナが怖い人、それがワクチンの不安を上回る人は接種しましょう。コロナが怖くない人は、ワクチンなしでいいでしょう。でもコロナは怖いし、ワクチンも不安だという人もいます。こういう人はワクチン接種を勧めます。ワクチンで死ぬ確率より、コロナで死ぬ確率の方が高そうだからです。
ワクチンについて長々と取り上げましたが、ワクチンより以前に、もっと大事なことが一人ひとりが日常生活のなかで免疫力と自然治癒力の向上をはかっていくことです。私が専門とするがん治療の世界では常に取沙汰されているのに、コロナの世界では一向に話題にならないのが不思議です。ここにコロナ対策の躓きの原因があるように思えてならないのです。
縁あって太極拳に励む私たちが、この轍を踏まないためにも、ここで免疫力と自然治癒力を高める日常を確認したいと思います。
まずは免疫力
① 体温の維持。免疫力が伸び伸びと働くための体温は36.5度。1度下がると免疫力は30%下降するといわれています。好体温を維持するための最適な方法は、常にこまめに動くことです。自粛、自粛とじっとしていたのでは免疫力は下がる一方です。そのほかではできるだけ温かいものを食べること。
② 腸管免疫を高める。免疫細胞の60%は腸管の粘膜にあるといわれています。腸管免疫を高めるためには腸内環境をととのえること。そのためには善玉菌の代表である乳酸菌を増やすこと。さらにそのためには発酵食品を多く摂ることです。
発酵食品といえば、醤油、味噌、食酢、ヨーグルト、チーズ、納豆、酒粕、日本酒、ビール、焼酎など。因みに私の昨晩の夕食は、ビールに焼酎。本鮪の刺身、湯豆腐、白子ポン酢に納豆のおつまみ。仕上げは白菜の浅漬で米飯というのですから、巧まずして発酵食品のオンパレードです。晩酌はありがたきかなです。
次いで自然治癒力。自然治癒力は免疫力の、いわば司令塔ですから、自然治癒力を高める方法は同時に免疫力をも高める方法であることをお含みおき下さい。
① 心のときめき。心のときめきが自然治癒力を高める最大の要因であることは私の59年に及ぶがん治療の現場における経験から得た確信です。だから、がんの患者さんには何はともあれ、ときめきのチャンスは逃さないようにと強調しています。ときめきの原因は人によって異なりますが、私の場合は、毎日の晩酌、講演と執筆、太極拳、恋心といったところです。
② 内なる生命の場をととのえる経絡の刺激。指圧、鍼灸など。特に生命場の医学としての鍼灸の可能性には計り知れないものがあります。
③ 気功。調身と調心によって内部エネルギーを高め、調息によってエントロピーを体外に捨てることによって内なる生命場のエネルギーの向上をはかり、その結果、自然治癒力が高まります。
④ 太極拳。気功の三要素である調身、調息、調心に加えて、武術としての利点が加わります。
〇 分清虚実。はっきりした体重の移動によって下肢の筋肉が刺激され体温が上昇します。
〇 原穴の刺激。武術であるが故に、手首のスナップを利かせる動作が多く、ここに存在する太淵、神門、大陵、腕骨、陽池、合谷の六つの原穴が刺激され、臍下腎間の動気が高められることによって自然治癒力が増大します。
〇 ときめきを生み出す套路。太極拳独特の流れるような套路がダイナミズムを生み、やがて心のときめきを生み出し、歓喜に包まれます。
〇 生と死の統合。武術にはこれでいいという境地はありません。常に上を目指します。このことが来世への展望を生み、生と死の統合につながります、まさに人生の極致です。
このように免疫力と自然治癒力を高める方法は私たちの日常のなかにたくさんあります。一つひとつ愛着をもってやっていけばよいのです。それにしても太極拳は一頭地を抜いていますね。太極拳とのご縁に感謝しながら、これからも手を携えて、歩を進めていこうではありませんか。
ところで、私自身は日中は仕事でこまめに動き、朝の太極拳と夕べの晩酌と自然治癒力を高める生活をしていますから、コロナは少しも怖くはあまりせん。でも病院から「帯津先生に率先してもらわないと」と言われて、ワクチンも接種することにしています。