国際武術連盟(IWUF、149加盟国・地域)は、武術太極拳を将来のオリンピックの実施種目にするために、武術太極拳競技の内容と採点ルールを革新し、向上させることを目的として、新しい競技ルールを制定しました。このルールは、2003年10月にマカオで開催された国際武術連盟技術委員会で提案された内容を骨子とし、「2003年国際武術競技ルール(試行)」という名称で発表されました。
2005年に実施された国際競技大会から正式に「2005年国際武術競技ルール」が採用され、10月にマカオで開催された「第4回東アジア競技大会・武術太極拳競技」と 12月にベトナム・ハノイ市で開催された「第8回世界武術選手権大会」から、このルールで実施されています。
また、その後の競技レベルの向上にかんがみ、2018年現在「国際武術競技ルール」の改訂作業がすすめられています。
国際競技ルールが目指すもの
国際競技ルールが目指すのは、武術太極拳がオリンピック競技にふさわしいスポーツとして、世界の観衆を魅了し、公正、正確な判定が行われる採点競技となることです。そのために、次の3つの項目を柱として構成されています。
- 高い技術レベルの競技を行うために、A級、B級、C級など等級別難度動作を設ける
- 武術の特徴と芸術性を融合し、観衆にアピールするために、演技を自由化する(自選套路)
- 審判員の採点基準を数量化し、客観化をすすめる
採点の概要
競技は従来ルールと同様の10点満点で行われますが、内容は次のように配点されます。
A組審判 | (動作の質とその他のミスの採点)に5点を配点、3人の審判員が担当する |
B組審判 | (演技レベル)に3点を配点、3人の審判員と審判長が担当する |
C組審判 | (難度動作)に2点を配点、3人の審判員が担当する |
従来ルールでは、一人の審判員が一人の選手を10点満点で採点し(9.20、9.30、9.15など)、そのうえで5人の審判の採点のうち、最高点と最低点を除いた3人の審判員の採点を平均したもの(9.21など)が選手の最終得点=成績となっていました。
国際競技ルールの大きな特徴は、一人の審判員が一人の選手の10点満点の成績に関与することができなくなり、A組・B組・C組の各組のなかで、あらかじめ定められた動作を観察して、個々の動作に対して「減点するかしないか」、あるいは難度動作に対して「成功か失敗か」の判定を行い、選手の最終得点=成績は、コンピューターがA・B・C各組の減点などを同時集計して算出します。採点の過程での審判員の主観的な判定要素や人為的なミスを極力排除することができます。
■ A審判組
3人の審判員が、長拳・南拳・太極拳およびそれぞれの器械種目で、定められた減点項目について判定します。
これらの減点項目は、選手の動作のなかで、歩型のミス(弓歩の膝が足先を超えるなど)、バランス動作のミス(軸足の膝が曲がっているなど)のように、具体的に決められており、ミスと判定されれば、大部分の動作は0.1点、顕著なバランスミスは0.2点もしくは0.3点が減点となります。
審判員はこれらの決められた項目だけを観察して、動作が行われた3秒以内に、ミスかどうかを判定しなければなりません。3人の審判員のうち2人以上がミスと判定したものが自動的に減点されます。
これにより、審判員の主観的な判定や、見落としなどの判定ミスを排除することができ、審判員の判定要素を数量化し、客観化することに大きな効果が得られます。
完全にコンピュータ化された採点集計システムでは、一人の選手に対する採点が終了した直後に、A組審判員の各人の判定の正確さが、「精度──パーセント」で審判長の管理モニターに表示され、精度が低い審判員は、競技中に交替させることもできるほど厳格に運用することができます。
■ B審判組
3人の審判員と審判長が、選手の演技の勁力、リズムなどを3レベル9等級に分けて判定します。レベルの「良い」は3.00〜2.51、「普通」は2.50〜1.91、「良くない」は1.90~1.01とし、その中でさらに等級は、①級3.00〜2.91、⑨級1.30〜1.01のように細かく分類されており、3人の審判員はそれぞれ、各級のなかで、2.71や2.54などと判定し、3人の審判員と審判長の4人の平均点を、選手のB組の得点とします。
この審判組の採点方法は、従来ルールと類似しており、武術競技の採点基準の多様な要素と、採点要素を客観化することの矛盾と課題を含むものです。
このB組では「必須動作」の減点ルールが設けられています。長拳・南拳・太極拳・各種器械について、それぞれの種目の特徴となる典型的な動作8〜10個を必ず組み込んだ自選套路にしなければならないこととし、これらの「必須動作」が1つ欠けるごとに0.2点減点することになっています。上記の3人の審判員の「演技レベルの平均点」から、「必須動作減点」を差し引いたものが、選手のB組の得点となります。
■ C審判組
選手の運動技術を高め、高度なレベルの競技を行うために、長拳・南拳・太極拳のそれぞれに「難度動作」と「連接難度動作」を設け、これらをA級難度・B級難度・C級難度(連接難度動作はさらにD級難度がある)に分類します。
■ 難度動作
「難度動作」には①バランス難度動作、②足技(「腿法」)難度動作、③跳躍難度動作などがあり、例えば、長拳の③跳躍難度動作では、ジャンプして空中で360度回転して着地するのは「A級難度動作」で、この動作が成功すれば0.2点が加算される。同じ跳躍動作で、540度(1回転半)で着地の場合は「B級難度動作」となり0.3点が加算される。720度(2回転)で着地の場合は「C級難度動作」となり、0.4点が加算される。
■ 連接難度動作
さらに、これらの難度動作につなげて(=連接して)着地する動作が、決められた歩型などを伴なって行われれば、「連接難度動作」として、連接点が加算される。
「A級難度」動作は、難度が比較的低いので(360度回転など)、これらの「A級難度動作」に対応した「A級連接難度動作」として、比較的簡単な「馬歩」、「坐盤」(両足を組んで座り込む)、「趺竪叉」(前後180度開脚)などが設けられている。この「A級連接難度動作」が成功すれば、0.1点が加算される。
一つの「A級難度動作」が成功すれば0.2点、その動作につなげた「A級連接難度動作」が成功すれば0.1点、合わせて0.3点が得られる。「A級難度動作」が成功しても、その動作につなげた「A級連接難度動作」が失敗すれば、0.2点しか得られない。「A級難度動作」が失敗した場合、その動作につなげた「A級連接難度動作」が成功しても、得点は得られない。
「B級連接難度動作」は、「B級難度動作」に対応し、これに成功すれば0.15点が加算される。「B級難度動作」が成功すれば0.3点、その動作につなげた「B級連接難度動作」も成功すれば0.15点、合わせて0.45点が得られる。 連接難度動作には、上記のような、跳躍難度動作(動)に歩型連接動作(静)をつなげる「動+静 連接」の他に、跳躍難度動作(動)にさらに別種の跳躍難度動作(動)をつなげる「動+動 連接」もある(例:長拳の「騰空飛脚+側空翻」や、南拳の「旋風脚360度+単跳後空翻」など)。また、太極拳では、静止動作から回転して静止する「静+静 連接」もある(例:「前挙腿低勢平衡+180度転体提膝独立」など)。
3人のC組審判員は、選手が試合前にあらかじめ提出している「難度動作登録表」を照合しながら、選手の演技の難度動作と連接難度動作の一つ一つについて、ルールに定めている「難度動作と連接難度動作の完成が規格に合わない場合の確認表」に基づいて「成功か失敗か」を判定します。
一つの難度動作または連接難度動作に対して、3人のうち2人以上が「成功」と判定したものが採用されて、その動作にあらかじめ定められている点数が自動的に加算されます。
なお、C組の2点の配点のうち、「難度動作」の合計点は1.4点を超えないこと、「連接難度動作」の合計点は0.6点を超えないことが定められています。
選手が自選套路を構成して、演技する
選手は、自分のレベルに応じて難度動作と連接難度動作を選んだうえで、全体の演技(套路)を自分で構成します(自選套路)。難度動作を含む自選套路で競い合うことから、日本では「自選難度競技」と称しています。
選手とコーチは、試合前の数年間〜数ヶ月の期間、計画的に訓練をすすめるなかで、選手の得意な動作や、選手の特徴、風格を表現できる内容の演技を構成し、その中に、難度動作と連接難度動作を何種類、どのように組み込むか工夫しなければなりません。
ルールは難度動作と連接難度動作の配点を2点と定めていますが、選手は必ずしも、難度1.4点+連接難度0.6点=2.0点となるように構成しなくてもよいことになっており、自分が得意で失敗しない難度動作と連接難度動作を組み合わせた結果、1.3点+0.55点=1.85点で勝負に挑むこともできます。難度動作と連接難度動作が成功するか失敗するかで、選手の成績=順位が大きく入れ替わり、トップ選手といえども確実に上位を確保できる保証がないという、スリリングな競技となります。
自選難度競技の魅力と今後
従来ルールは、1990年北京アジア競技大会の際に確立したもので、その後小さな改訂を重ね、「国際武術連盟 1999年国際競技ルール」となっています。アジア競技大会種目になることをきっかけに、それ以前に行われていた自由演技の競技(自選套路競技)から、正確な採点を目指すために、規定演技による競技(規定套路競技)となったものです。そしてオリンピックを目指す今日、「自選難度套路」による競技が登場しました。
「自選難度套路」は、高度な運動レベルを競う難度動作と、自由に技を構成する演技の多彩さを備えており、また、ルールも一新されて、まさに時代に合った競技形式として登場したことになります。
観衆にとっても、難度動作が成功するかどうか、演技の流れが武術太極拳のそれぞれの種目の特徴を生き生きと表現しているかどうかなど、武術太極拳の魅力をアピールすることになると期待されます。
国際大会で国際競技ルールによる自選難度競技が採用されてすでに10年あまりが過ぎました。各国のレベルが向上し、ルールの改訂もすすめられています。今後は、客観化された採点方式に、武術独自の特徴や魅力をどのように判定していくか、そのうえで武術になじみのない世界の人々にどのようにアピールしていくかが、オリンピック正式種目になるための大きな課題となってくるでしょう。